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お盆に感じた、ありがとうの気持ち【生き方】

今日もネットの世界にこんにちは。

 

みなさんこんばんは、あるくです。

はじめましての方も、またのお越しの方もご覧になって下さってありがとうございます。

今日は、ありがとうの気持ちについてです。

 

それではいってみます。

 

 

いつも感じるのは安心とありがとうの気持ち

お盆に親の顔をみると、いつも感じる心の気持ちは「安心する」と「ありがとう」です。

あるくは親が遠方にいる訳ではないのですが、それでも、少し前までは年に数回会う程度でした。

最近になって、用がなくてもただ顔を見せるだけ、何気ない日常会話をするだけ、そんなことも親孝行になるし、喜んでもらえるんだって思うようになって、両親が元気な内に出来るだけ会うようにしよう、そう思って今は月に1度は顔を出すようになりました。

なので、お盆といっても、それほど久しぶりに会うというわけではないのですが、でも両親の顔をみたときに感じる気持ちは「安心する」と「ありがとう」なんです。

父親をみても、母親をみても、やっぱり「安心」と「ありがとう」なんですよね。

で、実家のほっとする空間でありがとうって気持ちに包まれて過ごしていたら、ふと気づいたことがありました。

 

意識の外で狭くなっていた視野

ブログをはじめてから、夢中で更新を続けてきました。

それ自体は楽しくて素敵なことなんですけど、実家でのんびり過ごしていて感じたのは足元がお留守になっている感覚。

 

嫁さんや子どもとのやりとりだったり、家の掃除や暮らし方のこと。

 

今在るものへの感謝と気づかいの気持ちが、少しずつ意識の外へズレていってるな~って気づいたんです。

今あるものを大事にして、大切にして、好きなこと、楽しいことをしながら過ごしていく、その基準となるのは自分の心の気持ち。

それなのに頭の中はブログのことが占めていて、心の気持ちよりしなければならない、やらなきゃならないって気持ちが優先されていたように感じました。

 

家の掃除を例にだすと、いつもは掃除をしている時間は、掃除しているモノと向き合っていました。綺麗にしながら感謝して、いつもありがとう、そんな気持ちになりながら掃除していました。一通り掃除し終わると綺麗になったー、また大事に使っていこう、そんな気持ちになっていました。

 

それが、掃除しながら、次はあこの拭き掃除もしなきゃ、綺麗になったかな、今度はあそこ、もう少しで終わるから、そしたらブログ書こう、みたいな気持ちに変わっていました。

 

実家で過ごして感じた違和感は、ブログに夢中になって視野が狭くなっていっていて、自分の心の気持ちを感じながら過ごすことが疎かになっている、ということでした。

 

今あるものにありがとう

気持ちが疎かになっていることが分かったので、もう一度、今あるものへ感謝して立ち位置を戻すことにしました。

 

嫁さん、ごはん作ってくれてありがとう。

子どもが困ったことを相談してくれてありがとう。

家族が笑っていてありがとう。

いつも雨露をしのげるお家にありがとう。

いつも使える道具や家具にありがとう。

毎日使う持ち物にありがとう。

みんな、いてくれてありがとう。

みんな、あってくれてありがとう。

 

そんな心の反応を感じることにいつも以上に集中して、見たり、話したり、掃除をしたりしました。

いつも以上に心の気持ちを敏感に感じとりながらおこなって、自分の中には「ありがとう」って気持ちがたくさん広がりました。

こういった心の気持ちの反応を大切にして、今あるものに感謝して、日々を楽しく過ごしていこうって改めて思うことが出来ました。

 

まとめ

夢中になることがあるって素敵なことだし、とてもいい事だと思っています。

 

でも夢中になりすぎるとちょっとずつ、気づかない内に自分の気持ちがズレていくことがあるんだなって改めて気づくことが出来ました。

 

特に何か大事な会話をしたとかではなく、ただのんびりと過ごしていただけなんだけど、それでも自分の感覚の違和感に気づく場所になる。

親ってやっぱりすごいなー、ありがたりなーって思いました。

 

お盆に改めて感じた心の気持ちは

 

たくさんの「ありがとう」

 

です。

 

これからも、ありがとうって気持ちを持って、ちょっとでも親孝行していきたいなと思いつつ、自分の子どもが巣立っていったあと、会いに来た時に同じような気持ちをもってもらえるようになりたい、そんな風に思いました。

 

親の背中ってやっぱりでかいですねっ(ホロホロっ)

 

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